五右ェ門
陽がまだ西の空に柔らかな金色を帯びているころ、静けさをたたえた堤防に立った。
夕まずめ。アジングには絶好の時間帯だが、驚くほどに人の気配はない。釣り人は私ひとり。広がる水面にはさざ波ひとつなく、緩やかな追い風だけが背中を押してくれる。
潮の流れは鈍く、微かに左へと動いているのが見て取れる。
キャストを繰り返すも、海は静かなまま時を進める。
焦りはない。この静寂のなかに身を置き、竿先から伝わる水の重みに心を澄ませていく時間もまた、釣りの一部だ。
やがて、30分ほど経った頃だろうか。
手元に「コツン」とわずかな生命の震え。
合わせを入れると、柔らかくも確かな引き。
水面を割って現れたのは、23cmほどの中アジ。銀鱗が夕日を受けてきらめき、小さな喜びが胸に灯る。
そこからは、ぽつりぽつりと釣果が続いた。入れ食いではない。
むしろ、待つことのほうが多い。
だが、不意に訪れるその瞬間があるからこそ、一本一本の価値が際立つ。
潮がわずかに変化するたび、ジグヘッドの挙動を変え、レンジを探り、ラインの張り具合を調整する。
海と対話するような時間が、確かにそこにはあった。
気がつけば、空はすっかり藍色に染まり、夜風が肌を撫でていく。
釣果はアジ7匹。数字だけを見れば控えめかもしれない。
けれど、風に吹かれ、海を読み、一匹ずつ丁寧に手にしたこの時間は、どこまでも豊かだった。
今日もまた、海に癒され、海に教えられた一日だった。