五右ェ門
風の音が耳に心地よく響く夜だった。潮風が頬を撫で、少しばかり強い風が水面をさざめかせている。
「今夜も、始めようか。」
ひとり、防波堤に立ってタックルを構える。風が吹くたびに竿先が微かに揺れる。潮は右から左へ、静かに、そして確実に流れていた。
キャストを繰り返しながら、アジの気配を探る。無反応の時間がしばらく続く。だが、それがいい。静寂の中に集中が溶けていくような感覚。
ふと、明暗の境界、灯りの終わりがけのところで、ピクリと何かが触れた。
「来たか?」
小さく、しかし確かな手応え。リールを巻く手に力が入る。上がってきたのは、銀色に輝く22センチのアジ。美しい魚体がライトに照らされて一瞬だけ虹色に見えた。
満足げに微笑むと、そのすぐ後、水面に波紋が広がるのが見えた。ライズだ。
「よし、次はあそこだ。」
ライズの周辺を狙ってキャスト。今度は表層を意識して、ゆっくり、ただ巻き。すると、小さな「コツッ」というアタリ。
18センチほどのアジが、こちらを見上げるように揺れている。
その夜は、それからも飽きない程度にアタリが続いた。静かな夜の海で、アジたちとささやかな時間を分かち合う。
風と月と、遊び心と。今日もいい夜だった。